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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)10596号 判決 1985年10月09日

原告

株式会社アラキビル

右代表者代表取締役

荒木啓次

右訴訟代理人弁護士

清水建夫

被告

有限会社元祿

右代表者代表取締役

比田井団

右訴訟代理人弁護士

村田豊治

主文

一、被告は、原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を明け渡せ。

二、被告は、原告に対し、昭和五七年七月三〇日から右明渡しずみまで一か月金六一万八〇〇〇円の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一ないし第三項と同旨

2  主文第一、第二項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、その所有にかかる別紙物件目録(一)記載の建物(以下「アラキビル」という。)のうち、同目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を、昭和五六年四月二日、被告に対し、次の約定で賃貸し、これを引き渡した。(以下、この契約を「本件契約」という。)

(一) 期間 昭和五六年五日一日から昭和五八年四月三〇日まで

(二) 使用目的 店舗

(三) 賃料 一か月金三〇万九〇〇〇円

(四) 保証金 金三〇九〇万円

(五) 特約

(1) 賃借人は、賃借物件使用に際し危険、不潔、その他近隣に迷惑をおよぼし、または建物に損害を加え、もしくはそれらのおそれのある行為をしてはならない。

(2) 賃借人が本件建物の模様替え、付属設備の新設、その他すべて原形を変更しようとするときは予め賃貸人の承諾を得た上、賃貸人の指示に従つて施工するものとし、その費用は賃借人の負担とする。

(六) 損害金

本件契約終了と同時に賃借人が本件建物を明け渡さないときは賃借人は契約終了の日の翌日から明渡し完了まで賃料の倍額相当額の損害金を賃貸人に支払わなければならない。

2(一)  被告は、昭和五七年三月の日曜日に、本件建物の北東側に横約三三六糎、縦約一二三糎、厚さ約一〇糎、北西側に横約一一三糎、縦約一六〇糎、厚さ約一〇糎の二つの看板(以下、これらの看板を「本件看板」という。)を設置した。本件看板は、被告の賃借部分の外面のほとんどを占める立体構造物で、いずれもその周囲に多数の電球が配備され、かつ自動点滅装置となつて電球が一つおきに点滅するため、外部からみると回転して見える。したがつて、本件看板は前記1(五)(2)の付属設備の新設に該当し、また本件建物の窓枠サッシにビスネジで設置されている点で前記1(五)(1)の「建物に損害を加えもしくはそれらのおそれのある行為」に該当する。

(二)  原告は、被告に対し、昭和五七年六月二四日頃到達の内容証明郵便で右書面到達後七日以内に本件看板を撤去するよう催告した。

3  仮に本件看板の設置が本件契約違反にあたらないとしても、右設置自体本件契約を継続するうえで重大な不信行為であるのみならず、次のとおり、被告は信頼関係破壊の原因となる行為をしている。

(一) 被告の内装工事が不完全であつたため、アラキビル二階に漏水事故が発生したが、被告は営業の継続を優先させ、水漏防止工事を容易に完了させなかつた。

(二) 被告は、ベランダ上に物置を置いているが、これは、消防法違反であり、その撤去を求めたが履行しない。

(三) 被告は、非常階段に物品を置いているが、これも消防法違反であり、その撤去を求めたが履行しない。被告は、本件建物で寿司店を経営し、容器等を置くため階段が腐蝕し、原告は塗装工事のやり直しを余儀なくされた。

(四) 寿司材料の魚ゴミが悪臭を放つので、悪臭のたたない処理を求めたが改善せず近隣に迷惑をかけている。

4  原告は、被告に対し、昭和五七年七月二九日到達の内容証明郵便で、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

5  よつて、原告は被告に対し、賃貸借契約の終了に基づき、本件建物の明渡しと解除の日の翌日である昭和五七年七月三〇日から右明渡しずみまで一か月金六一万八〇〇〇円の割合による約定損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。ただし、損害金の約定は、賃料滞納等契約終了が争う余地なく明らかなときに適用されるべき約定である。

2  請求原因2(一)のうち、被告が本件看板を設置したこと、本件看板の設備、構造が原告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。同2(二)の事実は認める。

3  請求原因3冒頭の事実は否認する。同3(一)のうち、漏水事故のあつたことは認めるが、適宜防水工事をした。同3(二)のうち、、物置を設置したことは認めるが、それは極く小さなものである。同3(三)(四)の事実は否認する。

4  請求原因4の事実は否認する。

三  抗弁

1(一)  原告は、アラキビルの管理・保守を訴外関東ビルサービス株式会社(以下「管理会社」という。)に一任し、右に関連する看板の設置等の件についても、同会社に代理権を授与した。

(二)  被告は、本件看板設置工事について、事前に管理会社の承諾を得た。

2  仮に、右1の主張が認められないとしても、被告はアラキビルにおいて機械で客席の前を盛皿が回転していく元祿寿司を経営しているものであるが、廉価大量販売を経営方針に採つているため集客は営業上重要な位置を占めるところ、当初被告の賃借部分は歩道橋の目の前に位置し集客には好都合であつたが、その後歩道橋の取付階段の移転等で悪条件が発生し、他方原告は同業種をアラキビル地下で営み、かつ原告のみ華美な看板を外部に設置し、集客上有利な行動に出ているのであるから、被告としては今後とも営業を継続していくためには、本件看板を設置して街行く人に被告の営業内容を広く知らしめる必要があり、しかも右看板によりアラキビル自体を損壊したわけでもなく、単に看板の華麗さがあつただけであるのみならず、一般的に賃貸人としても賃借人がその目的を達成できるよう可及的に協力しなければならないことを考慮すると、被告が本件看板を設置した行為はいまだ背信行為と認めるに足りない特段の事情がある。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。原告が管理会社に清掃、警備、空調設備等の保守、賃料の請求等の事務を委託したことはあるが、本件看板の設置を承認する権限は授与していない。

2(一)  抗弁2の主張は争う。

(二)  被告が本件看板を設置した行為は背信行為にあたること明らかである。すなわち、

(1) 原告は、アラキビル新築にあたり、アラキビルを統一の保たれた品格のある落ち着いたビルにしようと考え、テナントの選定やビルの外観に細心の注意を払い(外壁はホーロー鉄板とし、色も白色を選んだ。)、ビル内における看板その他テナントの宣伝・表示の方法については、ビル全体の美観、統一性の観点から一律に袖看板を設けるほかビニールシートをガラス窓に貼ることを許諾することによつて、その途を講じ、これ以外の宣伝・表示を原告の承諾なしに行うことをテナントに禁じた。原告は被告に対しても、本件契約締結に際し、原告の右方針を伝えた。被告は、これを基本的に了承するとともに①ベランダに投光器二個を設置し、ビニールシートの表示を照明で強調すること、②一階のエレベーター横に移動式案内看板を設置することの二つの点の承諾を求めたので、原告はこれらを承諾し、右②の承諾について被告から念書の提出を求められたので、原告はこれにも応じた。

(2) 原告は、アラキビル建設に際し、屋上広告塔をつくりこれの貸与による収入をビル経営の資金計画上重視した。アラキビルの屋上広告塔は渋谷駅南口から良く見える位置にあり、原告は屋上広告塔をアラキビルのテナントであることを条件として貸与する方針をとり、訴外学校法人都築高宮学園(以下「訴外学園」という。)はこの条件を受け入れ、アラキビル七階と屋上広告塔双方を賃借し、七階についての賃料・共益費及び屋上広告塔については一年間金四二〇万円の広告料を支払つている。原告にとつて屋上広告塔は重要な収入源であるだけでなく、ビルのイメージに大きな影響を与えるため、原告は訴外学園に屋上広告塔を使用させるに際し、予めデザインや色彩の提示を求め、ビル全体との調和とイメージアップとなるか否か等を慎重に検討し、これを了承した。またビルの看板は高い位置に設置されており落下した場合には人身事故となる危険が高いため、原告はその危険防止に最大の注意を払い、屋上広告塔については事前にチェックするとともに、事後にも修理・点検の義務を訴外学園に課している。

これに対し、本件看板は被告が無断でアラキビル三階に設置したもので、危険防止という面からの事前チェックは全くできず、しかも本件看板は電球が自動点滅するため原告が維持しようとしたイメージとはかけ離れた享楽的雰囲気をアラキビルに与え、ビル全体との調和という配慮がなされておらず、原告の収入の面からみても、本件看板が認められるなら他のテナントにより類似の看板が多数設置され、屋上広告塔は有償で従来どおり貸与する価値がなくなるおそれがあり、ビル経営上大きな打撃を受ける。

(3) そこで、原告は被告に対し、直ちに電球の消燈と本件看板の撤去を求めたが被告はこれに応じなかつたため、原告は、管理会社の手で、昭和五七年三月一九日本件看板の電球の電源を切らせた。

(4) その後も、原告は被告に対し、本件看板の撤去を求め、口頭並びに書面で再三催告したが被告はこれに全く応じないため、更に被告に翻意の機会を与えるべく昭和五七年六月二四日頃到達の内容証明郵便で、本件看板を撤去しないときは契約解除もありうる旨警告した。ところが、被告は同月三〇日付書面で本件看板の設置は契約違反ではなく、仮に違反していたとしても信頼関係を破壊する程のものではない旨回答し、契約違反行為を既成事実化し正当化しようとする態度に出た。

(5) 右のとおり、被告の本件看板の設置は、アラキビルの管理・運営に関する原告の方針に根本的に反しており、かつ原告に多大なマイナス影響のみを与えているほか、原告の撤去に関する催告を無視する被告の自己本位な態度は原・被告間の信頼関係を根本的に破壊する背信行為と言わざるを得ない。

第三  証拠<省略>

理由

一主位的請求原因について

1  請求原因1、2(二)の事実は、当事者間に争いがない。なお、被告は、損害金に関する約定については、本件契約が賃料滞納等契約終了が争う余地なく明らかな場合に適用されるべきであると主張するが、約定自体には何ら制限がない以上、被告の右主張は失当である。

2 請求原因2(一)のうち、被告が本件看板を設置したこと、本件看板の設備・構造が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがなく、右事実によれば本件看板の設置が請求原因1(五)(2)の「付属設備の新設」にあたることが認められる。

3  <証拠>によれば、請求原因4の事実が認められる。

二抗弁1について

被告は、原告が管理会社に本件看板を設置することを承諾する代理権を授与していたこと及び被告が管理会社からその承諾を得ていたと主張するが、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りないから、抗弁1の主張は失当である。

三抗弁2について

1  <証拠>を総合すると、「抗弁に対する認否」2(二)(1)ないし(4)の事実が認められ、右認定に反する被告代表者本人尋問の結果は措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  他方、<証拠>によれば、アラキビル前の歩道橋の工事により、被告が本件建物を賃借しはじめた当時アラキビル正面にあつた歩道橋の昇降出入口が数メートル離れた場所に設置され、それ以後被告寿司店の売上げが減少したため、被告が営業不振の打開策として本件看板を設置する方法を採る必要があると考えるに至つたことが認められる。

3 右1、2の認定事実に基づいて、被告の本件看板設置行為が、いまだ背信行為と認めるに足りない特段の事情があるかについて検討する。

(一) アラキビルは、いわゆる雑居ビルであるが、<証拠>によれば貸ビル経営者がどのようなテナントを入居させ、いかなる形態のビルとするかの自由を有し、ビルの統一的な管理・運営という見地から看板設置等に制限を設けている例は一般的であることが認められ、原告のアラキビルテナントに対する看板設置についての制限も右認定によれば何ら不合理なものということはできない。そして被告が右制限を含む原告のアラキビル経営の基本方針を充分知悉していたことは、移動式看板設置の許可を特別に念書という形で原告に求めていることからも明らかである。そうだとすると、被告が本件看板設置の承諾を原告に求めても、その承諾を得られないことが予測され、仮に承諾が得られるにしても、何らの対価(承諾料)ないし交換条件(賃料増額等)が付されることが明らかであるため、被告は原告に前記1認定の経済的損失を与えるであろうこと及び原告の統一的ビルの管理・運営を困難にするであろうことを知りつつ、敢えて無断で、かつ抜き打ち的に日曜日を選んで本件看板を設置したと推認することができる。被告の右態度及び原告が本件看板の撤去を求めた催告に対する被告の応対の仕方は、まさに本件看板の設置を既成事実化し、更に正当化しようとする自己本位的なものと言わざるを得ない。

(二) 借家事情が改善されている今日、特に賃借人たる被告が営利を目的とする寿司店を経営するものであることに鑑みると、被告の営業不振はマーケットリサーチの不備等被告がその責任を負担すべきは当然であつて、しかも前記2の歩道橋工事は原告の関知しない事情によるものであることに照らすと、原告の前記不利益を無視してまで本件看板の設置を容認することはできず、したがつて、被告の本件看板設置行為がいまだ背信行為と認めるに足りない特段の事情があるとは到底認め難い。

四以上の事実によれば、原告の主位的請求原因に基づく本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決するが、仮執行宣言の申立については相当でないのでこれを却下する。

(裁判官遠山和光)

物件目録

(一) 東京都渋谷区桜丘町一〇七番地一三所在

家屋番号 一〇七番一三

鉄骨造陸屋根地下一階付八階建店舗事務所

床面積

一階 五七・三七平方メートル

二ないし八階 各六七・五〇平方メートル

地下一階 六一・二一平方メートル

(二) 右(一)の建物のうち、三階部分

床面積 六七・五〇平方メートル

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